プロフィール

ごあいさつ

Pleasure(プレジャースピリチュアルトレーニング&コンサルティング)代表の佐藤祐子です。

 

あなたの本質を発見し、健康で活き活きとした輝くなりたい自分、幸せな人生を手に入れる、素敵なライフスタイル送りたい人を全力でサポートします。

 

当webサイトをご覧いただきまして、誠にありがとうございます。2011年12月にオープン致しました。

 

ネットワークエンジニア、システムエンジニア、チームビルディングに管理職の経歴に持ちながら、長年魂の探求をしてきました。

 

私という存在はいったい何なのか、意識とはどこからうまれるのか、宇宙とはどのような構造になっているのか、時間や空間は認識される前にはどのようになっているのか…。数々の日常には全く関係の無い疑問を持ちながら、でも深く深く知りたいと思ってきたのです。

 

行き着いたところは「スピリット 魂」の学び、成長するフィールドそのものの世界でした。

佐藤祐子からのメッセージ

 

Understanding Myrself 

 

我々は、この物理的な社会の中で魂の学びを進める為に「地球」という場所を選んで来ました。 あらゆるレベルで変化が加速している、この激変の時代に生きて学ぼうとする勇敢な魂です。 世界的にも個人のレベルでも、ポジティブなこと、ネガティブなこと、全てが浮上してきています。だからこそ、迷ったり、疲れたり、課題が顕現してきます。

 

本当の自分の輝きを取り戻し、幸せで豊かに暮らす権利が誰にでもあります。そのお手伝いができれば、こんなに嬉しい事はありません。

 

 

出会いに感謝

 

あらゆる出来事は学びになりますが、独りでは見えてこない事が世の中には沢山あります。ヒーラーやセラピスト、カウンセラーは仕事上アドバイスをする側になりますが、実はクライアントから沢山の学びを得ているのです。共に学ぶ為にご縁があって、出会う事ができました。

 

この素晴らしい1人1人の出会いに、感謝を。

 

略歴

幸せコンサルタント 佐藤 祐子


自己紹介: 

 

10年原因不明の頭痛と疲労感に苦しんでいた方が、一回のセッションで充実した毎日を手にしました。

ソウルメイトが欲しい方は、ほぼ100%お相手を見つけることができました。

長い間自殺ばかり考えていた方が、すごく穏やかで幸せにすごされる様になりました。

 

あなたの幸せな人生を全力でサポートします。心と身体と魂のスペシャリストです。

経歴: 

1998年

ネットワークエンジニア、システムエンジニアとして社会人経験をスタート。

 

その後、大手派遣会社にてエンジニアに特化したチームマネージメントを専門に行う。 

 

大手クライアントとのアカウンティング担当や管理職を経て、退社。

 

2005年

中国遼寧省大連市の外資系IT企業に転職。

 

この頃から、毎日瞑想を行う。

 

大陸の文化や国際感覚を身に付けて帰国。

 

2009年

身内の会社に籍を置きながらITサービス企画、ビジネスプランニングを生業にする。

 

起業家としての活動と並行して、スピリチュアルな学びを独学で進める。

瞑想会などに積極的に参加する。

 

2010年

師と出会い、生来持つ高いスピリチュアリティについて指摘を受け、この道に入る事を決意する。

 

2011年

スピリチュアルなトレーニングを本格的に始める。

 

2012年

サロンワークの傍らワークショップの開催やセミナー講師などに従事。

 

 

資格・受講: 

日本プロジェクトマネージメント協会

 PMS(プロジェクトマネージメントスペシャリスト)

 

ピープルフォーカス・コンサルティング

 ファシリテーター

 

米国公認 ワンネス コンシャスネス アンド ヒーリング インスティテュート 

 

 パワーストーンセラピスト 養成講座

 

 パワーストーンセラピストⅡ 養成講座


 アセンションのためのヒーリングセミナー

 スピリチュアルクレンジング&プロテクション(Ⅰ)
 ライトワーク&ミディアムシップ(Ⅱ)講座

 メタフィジオセラピスト養成講座

 スピリチュアル意識とサイキック能力開発ベーシック セミナー

 ワンネス・カウンセラー 養成講座 

 

 チャネリングアーティスト 養成講座

 

 ワンネスメディテーション ファシリテーターコース

 

必然塾 第三期生

 

イシリス33メソッド プラクティショナー養成講座

 

イシリス33メソッド ティーチャー養成講座

 

 

趣味:

バイク、自転車、クライミング

日本画、パワーストーンジュエリー作り、マクロビスイーツ作り  

 

 

History

サバイバルが必要な厳しい家庭環境

私は、小さい頃から考えることが大好きでした。空想で遊ぶと言うよりは、どうにもならない現実を冷めた目で観察している内省気質な子供でした。

 

幼少の頃から家族の機能が崩壊している家庭環境で育ちました。その厳しい家庭環境でサバイバルして行くために、夢中になって読んでいた本がありました。自己啓発や成功法則、心理学などです。マズロー、ウェイン・ダイアー博士やナポレオン・ヒルなどを小中学生の頃から読んでいる、一風変わっている子供でした。

 

私は子供ながらに、こう考えていました。

自分の夢を実現するには、潜在意識というものを理解して活用していくことが大切なんだな。目に見えている現実は、自分の考え方を変えることによって、変えることができるんだな。じゃぁ、この辛くて苦しい現実を変えるにはどうしていったらいいのだろうか、と。

 

友達と遊ぶより、こんなことを考えてばかりいたのです。思えば辛気臭い嫌な子供ですね(笑)

こんなこと(現実を創造していく法則を探求していた)を考えてばかりいたので、あいつは何を考えているかわからないと親も思っていたのです。

 

なんでそんな辛気臭い子供だったかという背景をお話すると、私は三姉妹の末っ子ですが、姉二人と歳が離れているため家族の中では孤立した存在でした。生活のサイクルが合わないし、話も合わない。ちょうど、姉 たちは多感な年頃で(その当時は校内暴力全盛で不良と呼ばれることがステータスみたいな時代でした)母親の関心は姉たちをどうしたら非行に走らせないか、 いじめから守るかということでいっぱいでした。

私は関心をあまり持たれず、問題行動も起こさず、手間のかからない子と思われていました。

 

しかし、内心は孤独と無関心と愛情を注がれていない思いでいっぱいで、たくさんの葛藤を抱えていたのです。

夫婦関係は崩壊していました。借金にまみれ、いつも母親のヒステリックな声が響いていて、部屋は常に散らかったまま汚れていました。片付けや掃除をせず、誰も自分の行動の責任を取りませんでした。

散らかった部屋が嫌で、一人で家の掃除や片付けをし、お小遣いやアルバイト代を貯めては、母親に借金の返済をして欲しいと渡していました。(これがそもそもの間違いですが…)

父親は仕事に逃避し、家族の関係から自分を切り離していました。私は、父と食事にも出かけたこともなければ遊びに行ったこともありません。幼い私が 隣で泣いているのに、かけ声1つかけなかった事がトラウマになり苦しみました。心理学用語で言うネグレクト(受動的虐待)です。

 

関心を持たれないことは、自分の存在が希薄になり自己を認識も承認もできない人間にしてしまいます。そこからなんとか這い上がろうと必死でもがく日々が続きました。

 

観察・考察・原理原則を知りたい欲求

八つ当たりしたり、泣き叫んだりと攻撃性を出すことなく、私は自分の内側に入り込んで行きました。今でいうひきこもりというやつです。学校は卒業できる最低限の時間だけ出席し、後は部屋で映画を見たり絵を描いたり本を読んでとにかく自分の内面と周囲を考察していました。

 

今の状況、自分の心理、周囲の観察、問題点の考察、、全てを日記に記録していました。私の精神が崩壊しなかったのは、日記を書いてネガティブな思いを身体の中に溜めずにいられたからだと思います(笑)

その時の自分の心の動きを知る方法や、それを整理して組み立てて記録していくことが、今の仕事のベースになっているような気がします。

 

心や思考を観察し理解して、現実の側面と照らしあわせて、問題を探ったり解決したりするプロセスを自分の中に構築していったのだと思います。

 

少々長くなりましたが、こうして、「考える」営みに多くの時間を費やして来ました。

 

私の考察の大半、人生のテーマがいつの頃からか、スピリチュアリティの探求にりました。世界の仕組み、宇宙の仕組み、原理原則を知りたい理解したいという強い思いは幼い時からありました。素粒子の世界から宇宙の構造までを紐解いていくと、エネルギーにぶち当たる。

 

物理的な法則とエネルギーの世界を自分なりに解釈し、人生に役立ってることができたらどんなに素敵だろうと思うようになりました。

 

スピリチュアリティを職業にする

私にはスピリチュアルカウンセラーやヒーラーには珍しい職歴があり、その経験が考察に幅をもたせているように思います。

もともとは、コンピューターのエンジニアを目指していました。上級SE→コンサル→起業を目指していたものです(笑)ただ、私の気質は純粋な技術職には向いていなかったようで、管理職(マネージメント)になって私の才覚を発揮できてきたなぁと思います。

 

システムの運用チームを構築して、企業に常駐させる仕事をしていました。日本有数のセキュルティレベルのデーターセンターや、システム運用に携われて、楽しかったんですね。

コンピューターやネットワーク、サーバーなどのインフラ周りに明るく、チームを構築してマネージメントできる存在は当時あまり居ませんでしたので、 重宝がられました。仕事が鬼のように降ってきて、どんどんキャリアアップして行きましたが、なにか物足りなさを感じるようになったのが、30歳くらいで しょうか。出世しても歓びにならないのです。

 

転職を考えました。

たまたま上海に友人を訪ねて遊びに行った時に感じた、中国の活力と熱気が忘れられず、、何を思ったか中国に転職してしまったのです(笑)当時の日本は、経済が落ち込み景気停滞感に淀んでいたせいもあったと思います。

 

今思えば、ここらへんから魂の探求みたいな活動が始まっていたのかなぁと思います。

中国では、キャリアを積むと言うよりは、毎日瞑想に明け暮れ、大陸のゆるりとした時間の流れに身も心も癒やす日々を送りました。本当に日本と時間の流れ方が違うのです。大連という地方都市に居たせいかもしれませんが。

 

そして、中国と日本は天と地ほど価値観の差があります。

自分がか考えていた正しいことが、そうとは限らないかも知れない、という事を身をもって学べたことが最大の利益だったでしょうか。

私はこの頃から、ITという業種で一生食べていくわけでは無さそうだ、魂が求める私の役割やその仕事ってなだろう?と思い始めていたのでした。

 

魂の情報を見れるという人をネットで調べて、帰国すると訪ねて行きました。

参考になった人もいれば、そうでない人もいました(笑)

その中で、私の「魂の構造」をリーディングできる方にお会いし、「あなたはカウンセラーに向いています。魂が古い人は自然とスピリチュアルな事柄に関心が向き、またカウンセリングの能力が養われ、人を適切な道に導く能力を発揮していきます」

と、伝えられました。その気になってその勉強を始めてしまったのです(笑)

 

まさか自分がサイキックだとは思ってもみませんでしたが、師のもとでサイキック開発に勤しみ、霊的倫理やヒーリングの技術を学んで行きました。

その中でも、疑問に思ったこと、更に探求したいこと、霊的な真実や宇宙の真理ってなんだろうと、さまざまな思考の種が出てくるわけです。

 

職業としてエネルギーを扱ったり、スピリチュアリティを述べたりしていますが、探求は底なしです。

現在のところ、スピリチュアリティをダイレクトに職業にするのは、ヒーリングやリーディングを行うセラピスト主流です。でも、私は様々な仕事の中に、プロジェクトの中に、日常の生活の中にもスピリチュアリティが流れているように思います。

 

マインドと心をできるだけ透明にして、あるがままに、感じることに正直に、探求を続けて行きたいと思います。

 

その探求がいつか実となり、皆さまの幸せやよりよい人生に貢献できればと願っています。あぁ、もちろん自分の幸せのためにも(笑)

あなたの本質を発見し、健康で活き活きとした輝くなりたい自分、幸せな人生を手に入れる、素敵なライフスタイル送りたい人を全力でサポートします。